草一郎幻夢抄その壱

草一郎幻夢抄その壱

糸川草一郎

夕べ見た夢のことをまた考えていた。場末の酒場を出ると、遠い月だけが出ていて、家はみな鎧戸を閉ざしており、リカオンという生きものだけが、獲物を探してそこいらをうろついていた。私は銃口の先を切りつめたショットガンを手に、目に見える生きものをみな撃ち殺した。そして、自分の殺したものに近寄って見ると、それはリカオンなどではなく、みな人間なのだった。

私は風呂に這入っていた。膝を見つめていた。膝が私に語りかけてくるのである。

青いものを食べたらいい。

私が驚いて膝に問いかける。

青いものって?

すると、膝は言うのだ。

絵の具とか、緑青とか

そんなものを食べて、何になる

何にもならないさ。だからいいんだ

どういうことだ

人間は矛盾した生きものだからさ

いったい何を言っているのだ

珈琲を淹れるのは、眠気覚ましのためもあるが、珈琲は脳の血管を広げるような気がする。くしゃみをする度に、自分が縮んでゆくようなことになるので、珈琲の力を借りて、縮んだ身体を元通りにしなければ、私は小人になってしまう。

トリスウヰスキーの薬品のような匂いのままに、いい気分で酔っていると、ジョンレノンを殺した男が眼の前に現われて、お前の女を寄越せと言う。俺に女はいないと言うと、拳銃を取り出して、言う。

このガンがボブディランを殺した

ボブディラン?ジョンレノンの間違いだろう

誰を殺そうが大した違いはない。一つ言えるのは

何だ

人を殺すのは只でも出来ると言うことだ

何だ、それは

殺人に理由づけするような奴は、俗物だ

お前は違うのか

違う。だから、ボブディランを殺した

私は、ジョンレノンの間違いだろうと言いたかったが、黙っていた。窓辺にむらさきいろの月が上っていた。

月と石ころと、どう違う

どう違うって、違いすぎるだろ

どこが

どこがって、どこもかしこも

俺には違いがまるでわからない

空を飛ぼうと思う

ほう、飛行機を操縦するのか

違う、翼を発明して飛ぶのだ

翼?

所謂新案特許だ

何だ、それは

鳥の翼を身につけて飛ぶのだよ

人間が飛べるものか

飛ぶさ。飛べなければどこへも行けぬではないか。なら訊くが、飛べないのなら、人はどうやって天に召されればいいのだ

天使に?まっていけばいい

天まで何万メートルあると思っているんだ。その間に腕が疲れて、まっさかさまだ。墜落してまた死んだら、今度は何処へ行けばいいのだ

地獄か

どうやって行くのだ

穴を掘る

地底までどれだけ掘ればいいのだ

苦い酒だな

そうですかね

これは何と言う酒だ

麦焼酎でしょう

何か混ぜ物をしてあるんじゃないか

そりゃあ、水割りですから、冷水で割ってあります

いや、そうではなく

何が言いたいのですか

毒でも混ざっているんじゃないか

毒って

青酸カリとか

そんなものが這入っていたら、一口であの世行きですよ

では、ヒロポンとか

古いですね。そんな物入れたら、居酒屋さん、後ろに手が廻っちゃいますよ

ならばこの苦みは何だろう

気のせいじゃないですか。思いすごしとか

いやわからないぞ。ここは実は人間の経営している店ではないとか

どういうことですか

見たまえ。あの店員、狐に似ていないか

ああ、そう言えば、そんな気がしなくもないですね

そうだろう。この焼酎、狐の小便でも混ざっているんじゃないのか

そんなこと、店の人に言わないで下さいよ。叩き出されますから

いま、稲妻が光ったな

そうですか。わかりませんでしたが

そう言えば、他の客も嘴のとんがったような顔だな

変なこと言わないで下さいよ。みんなこっち見ているじゃないですか

そう言えば、みんないやに毛深いな、あの客なんか手の甲に茶色い毛が生えているぞ

怖いこと言わないで下さいよ。みんな見ていますよ

そうだな

ぼくたち、無事に帰れるんですかね